付箋の君へ。楽しみな今と
図書館エントランスに、「町の未来」をテーマに来館者が付箋を自由に貼り付けるコーナーがあって、何気なく目を落とした。「子育て・教育」の箇所に「テストがんばろう 頭よくなるよ」という一枚があり、すぐ下に「頭よくなると なぜ良いのかを 説明できる 親が ふえるともっと よくなると あたしは、おもう」という一枚も…。
この二枚の関係性(関係なしか、友達同士か、親子か)はさておき、下の付箋の考えに何故か答えてあげたくなった(笑)。元教師の性とも言うべきか。言葉にしなくとも、それと似た思いをもっている小学生や中学生は多いのではないか。「大人は、頭よくなるため(勉強しろ)というけど、それは何故、いったいそれが何になるの」というような…

ごく単純に考えれば、「自己実現の可能性を広げるため」という言い方ができそうだ。しかし、それはひと昔前の発想とそう変わらない気がする。「頭がよい」⇒「テストの点が高い」⇒「いい学校に入る」⇒「いい仕事に就ける」…「いい」の中味の問題とはいえ、いわば将来へ向けてのステップとして有効だという考え方だ。それで納得するか。
もし付箋の主が子どもならば…「頭よくなると なぜ良いのか」…その答を持っていない可能性が大きい。だから、私がもし答えるならば、その疑問を呈している段階で、こう言おう。「貴方は十分頭がよい。だって普通はこんなことは思わないでしょう。それに『問いをもつ』こと自体が、これからの頭のよさと言えるんだよ。」
続けて語る。「親に説明を求めてるよね。このことも大切だ。これは教えてもらうというより、一緒に進むことを前提としたいんだ。それは頭のよさと未来の関係を共有したい願いがあるからだ。そして最後に『あたしは、おもう』と付け加え強制もしていないから、いい覚悟を持っているよ。貴方の今は頭フル回転だ。」